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memento :包丁の柄を握っているのは「私」だということ


memento:

ブログは、読者の皆様との交流の場であり、また、私にとっての今を記しておく場でもあります。忘れたくないこと、とても今気になっていること、考えて考えてそれでも答えが出ないことを、文章にしながら整理したい時、mementoとして「今」を残しています。

包丁の柄を握っているのは「私」であるということ。

包丁は、人生に置き換えてもいいでしょうし、価値観の行方でもいいでしょうし、選択を迫られた時の舵取り、権利、など、様々に解釈ができそうです。

私の包丁が欲しいからといって、奪おうとしたり、自在に操ろうとしても、私が包丁を握っているのですから、そうはいかないということ。私は柄を持っているから、相手は刃を握ることになり、手が切れ、何もすることはできない。ただし、私が柄を握っていれば。そういうことなのかな・・・。

包丁の柄を握っている。つまり、舵取りをするのは自分ということ?

どのように動いてもいいし、何をどうするかは自分の手の中にある、ということなのかな。

なぜこのフレーズが気になってしまっているのか、いまの私には謎です。先日の、端午の節句の鯉の物語と同様、そうやすやすと答えは出ないことでしょう。でも考える価値はあると直感が働いています。

いつでもあなたは自由だと、そう知るべき時なのかも。

ヒトはいつでも、どんな状況でも自由でいられる。柄を握っていることさえ忘れなければ。どこで、どう使うか、それを考えていけばいい。軸は自身に置いておくこと。et cetera。・・・・今はこれ以上思考が働かない! 

memento、こういう作業、好きです。生々しい自分との対面。きっと未来のいつか、これを読むんだろうな〜。


 

|author : 村松 操 | リラックス | 19:30 |