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N H K大河・直虎・総集編 政次の辞世の句について



N H K大河ドラマ『おんな城主 直虎』、最終回が2週間前にありました。胸を打つ最終回で、その後、コメントは控えていました。そして、昨日は総集編がありました。

白黒を
つけんと一人
君を待つ

天つたう日ぞ
楽しからずや

政次の辞世の句です。いまだに彼の心を掴み切れておりません。

直虎との思い出。二人で「戦をしない」という険しい道を歩んだ日々。和尚様からは、二人は一対の翼であると言われていたほどに、晩年の直虎の生き筋をつけた人物であったとも言えるでしょう。

二人で碁をうちながら心を通わせていた日々と、命がけの勝負に出た自分の賭けに、直虎がどう白黒をつけてくれるのか、それを待っているぞ、との意味も重ねられているかと・・。「天つたう日」は、処刑の日のことなのか、それとも、そんなこととは関係なく、単に天に召されるということなのか、はかり知れません。彼は、「小野の本懐」を果たすだけだと牢の中で龍雲丸に言い残しています。自分の命のつかい道の時が来たから、それが「盾となってお守りしたい、その気持ちは生涯消えることはない」とまで言い切った直虎のためだから、天に召されるだけのことだ、と言い切ったのかもしれません。一切の悔いはないこと、これで守りたかった人を守り切れると信じていた政次にとっては幸せであることを、辞世の句として遺していたように思えました。

最期に交わした直虎への言葉「ずっと見守っている」と。あのようなことになる前、二人で月の明かりの中、そのうちお日様の下で碁が楽しめるようになる、と夢を描いていたストーリーが滅茶苦茶になろうとしているさなか、直虎を「優しいつる」で包み込むように亡くなっていく様は、悲しくもあり、壮絶でもあり、しかし、二人の魂のやりとりが深く深くつながっている証しの場面でもあり、人として、生きるとはどういうことなのかを考えさせてくれました。

今日は大晦日。なぜか、あの刑場での場面のような重苦しい空模様です。

新年を迎える支度をしながらも、一年間観続けた『おんな城主 直虎』について、しっかりと考えをまとめ、これからの私の人生に生かしたいです。亡くなったものの遺志をつなぐこと。受け継ぎ、己のなかに宿すこと、時として「習うことで、また、習わぬことで」。素晴らしい作品に出会えたことに、ありがたさを感じています。


 

|author : 村松 操 | リラックス | 09:53 |