おしゃれな演出 2月に鑑賞する木蓮の絵画 


2018年から、ある個人コレクターさん所有の絵画を鑑賞させていただいております。

今までの作品については、ブログカテゴリーのリラックスに含めてあるものもあります。洋の東西を問わず絵画作品を愛でる気持ちが通じる方との幸せな時間でしたので、その思いを込めて、気の向いた時にふれてきました。

今月は、木蓮の絵画でした。

春に咲く木蓮のお花。節分、立春というこの時期に合わせて、この作品に巡り会わせていただけたこと、にくい演出だなと思いました。

コレクションとの対話は、持ち主との対話でもあるわけで、毎回、毎回、新しい心の内を拝見させていただいているようなものです。こういう人と人との交わりは、趣のある、大人のお遊びの時間でもあり、生活芸術という言葉にふさわしい時の刻み方と言えるだろうと感じています。

木蓮のかぐわしい香りが絵を通して伝わってくるようでした。季節に合わせて楽しむ。これは、日本画を生かしてあげる方法でもあり、心のゆとりの現れでもありますね。

お互いに感性が似ているせいか、どの作品においても会話が弾み、止まることなく、次から次へと文化的、歴史的なストーリーのやりとりが生まれています。作品との美しい出会い、堪能させてもらっています。

芸術作品を愛でるとは、作品の世界を生き、それを生活芸術へと高めていく心の鍛錬にある。日頃からそう考えているせいか、コレクションとの出会いは、精神的に私を大きく豊かに変身させてくれました。芸術には力があり、人を育て、影響を与え、操ることさえできるわけです。

いにしえの王妃様たちが、宮殿の廊下にずらりと並ぶ歴代の王様や王妃様、王族の方々の肖像画を感じとりながら、優雅に歩みを進めていた決まりごとは、王妃としての自覚を促したり、心を整えたりなど、高次の意味合いがあり、されていたことでした。毎日の日課は、その人となりを完成させます。それを助けていたのです。

それにしても、木蓮のあの絵は、日本の美を思わせる、はんなりとした美しさが印象的でした。色使いも優しく、やっぱりいいな・・・と「和」の魂が芽吹くのを感じておりました。



 
|author : 村松 操 | 美術への招待 | 19:58 |
クリムト ウィーン世紀末美術の装飾美の権化・傑作作品


 



クリムト。ウィーン世紀末美術を代表する人物です。

西洋美術史の教科書には必ず登場してきます。なぜ、こんなのが・・・・と思ったのは大学生の頃。その後、ヨーロッパに行くようになり、留学もし、ウィーンにも赴き、そんなことを重ねる中で、出会ったのが「大クリムト展」でした。

ドイツ語がわからないから何を記念してのことだったのかいまだに不明ですが、クリムトの作品ばかりがズラ〜〜〜と並べられていて、一種独特の雰囲気で、入場しようかどうか迷ったくらいでした。

クリムトばかりを見つめているうちに、それまで私の中にあった先入観が浮き彫りとなり、ダメだな・・・・と反省したことを思い出します。

眠れる美(いまだ発見されず隠されている新しい美)の発掘をするのが役目なのに、持ってないようで持っているのが決めつけなんだと経験しました。こんなことじゃ「作品」と対話なんてできてない、と、がっくり肩を落としました。

美しいクリムトの装飾美。

彼女のドレスも、その上に羽織っているお洋服も、椅子も、何もかもが、それぞれ独自の文様で表現されています。細かく鑑賞することに意味のある作品がクリムトなんだろうと思っています。

目のような文様、見えますか。彼なりの意味合いを込めて、世紀末らしいメッセージも実は織り込まれている作品です。

言いたいことはいっぱいありますが、ここでは、まず、うっとりと眺めてもらうことを主眼としています。美しさを生み出すために、画家たちがそれぞれのオリジナルの表現法を見出していった努力と功績。時代を超えて愛され続ける人類の宝物には、圧倒するようなパワーと、唯一無二の作り手の生き様があるように思えてならないのです。

皆様もご一緒に、この絵、しばらくじ〜〜〜〜っと見つめてあげてください。


 
|author : 村松 操 | 美術への招待 | 18:18 |
フランスの歴史を伝える絵画 1824年当時の「サロン」風景

名画を観る目
美しさを愛でる・創造性に感動する



すべては「マリー・アントワネット」から始まりました
公式サイトはこちら

 

久しぶりの更新になってしまいました。

今年は、NHKの大河ドラマ『おんな城主 直虎』に集中しておりまして、絵画よりも、「武家」という存在についてがテーマとなってしまい、すっかりこのコーナーのことを忘れておりました。

今回取り上げた絵画は、印象派が生まれる前、1824年当時のアカデミーが主催する「サロン」の様子を描いた作品です。歴史的な瞬間をとどめることも絵画の大切な役割。その典型でもあると考え、ご紹介することにいたしました。美術史を専攻していないと、なかなかこうした作品との出会いはないかと思います。面白みに欠けますから。大事な歴史的資料として、この絵画の存在、知っていていただきたいです。

権威的な「サロン」のあり方に反発する形で、今後フランスは動いていきます。絵画史が大きく変わっていくわけです。第一回印象派展での衝撃は、モネの「印象 日の出』の時にご紹介していると思います。

絵画鑑賞には、それなりの観るべきパースペクティブ(絵画を観る目)が求められます。印象派の作品を楽しむには「その前」が大事です。

今年、お料理教室でモネの『睡蓮』を思わせるスープを作りました。視覚芸術に親しんでいると、そんな日常の「お料理」さえも、異次元の美意識の世界へと結びつけ、一人でも楽しめるから素敵。

創造性に満ち溢れた歴史が美術史の世界。人間の叡智の結晶。才能と努力と宿命が形になった世界でもあります。生きているうちは名も知れず、貧困で、精神を病む者もいた世界。光と闇が混在する絵画史を、大切にしてあげたいと思います。


 

|author : 村松 操 | 美術への招待 | 09:36 |
| 1/15PAGES | >>