memento :包丁の柄を握っているのは「私」だということ


memento:

ブログは、読者の皆様との交流の場であり、また、私にとっての今を記しておく場でもあります。忘れたくないこと、とても今気になっていること、考えて考えてそれでも答えが出ないことを、文章にしながら整理したい時、mementoとして「今」を残しています。

包丁の柄を握っているのは「私」であるということ。

包丁は、人生に置き換えてもいいでしょうし、価値観の行方でもいいでしょうし、選択を迫られた時の舵取り、権利、など、様々に解釈ができそうです。

私の包丁が欲しいからといって、奪おうとしたり、自在に操ろうとしても、私が包丁を握っているのですから、そうはいかないということ。私は柄を持っているから、相手は刃を握ることになり、手が切れ、何もすることはできない。ただし、私が柄を握っていれば。そういうことなのかな・・・。

包丁の柄を握っている。つまり、舵取りをするのは自分ということ?

どのように動いてもいいし、何をどうするかは自分の手の中にある、ということなのかな。

なぜこのフレーズが気になってしまっているのか、いまの私には謎です。先日の、端午の節句の鯉の物語と同様、そうやすやすと答えは出ないことでしょう。でも考える価値はあると直感が働いています。

いつでもあなたは自由だと、そう知るべき時なのかも。

ヒトはいつでも、どんな状況でも自由でいられる。柄を握っていることさえ忘れなければ。どこで、どう使うか、それを考えていけばいい。軸は自身に置いておくこと。et cetera。・・・・今はこれ以上思考が働かない! 

memento、こういう作業、好きです。生々しい自分との対面。きっと未来のいつか、これを読むんだろうな〜。


 

|author : 村松 操 | リラックス | 19:30 |
ごめんなさい犬 メロンもらえなくて噛みついてションボリ




 



メロン大好き、柴犬イチローくん。

いちご、メロン、りんご。イチローの大好きなフルーツです。

獣医さんから「一定のものしか与えないでください」と言われているにもかかわらず、どうしてもあげてしまうのが飼い主の弱みです。

5月のお菓子教室は、イチゴの甘い香り、メロンのカットする音に敏感に反応し、トコトコ階段を降りてきて、レッスンを眺めておりました。

レッスンスペースには入れないように柵があります。

なので・・・、

レッスン後に、なんでくれなかったんだよ、俺の好物って知ってんだろ、もうないのかよ、よこせ!!、とばかりに、私に向かってきます。「ご主人様に、なんですか、イチローっ」と叱っても、無駄。この顔、怖いでしょ。
 





 

カワウソか、ジョーズか。野性な感じ(写真上)。

そして、ナメナメ。

歯を当てて抵抗したところを、ごめんなさいイチローしています。

そして最後は、ふてくされてオネンネ(写真冒頭)。

オレンジメロン。まだ時期が早かったですが、パリジェンヌでくり抜くには、ちょどよかったです。メロンはこれからどんどん美味しくなります。

りんご、イチゴの次はメロン。一年中、イチローをごまかす手段を考えながら、人間様は楽しいティータイムを過ごすのでした・・・。



 
|author : 村松 操 | リラックス | 09:22 |
端午の節句を終えて 鯉はなぜ登竜門に臨んだんだろう


端午の節句、終わりましたね。

その日はレッスンがあり、大したことはできませんでした。縁起いい鯉の絵を眺めるくらい。

柏餅は一年のうちで今しか食べられないものですから(我が家は亀屋万年堂です)、今年は4月から毎週1回、食べてました(笑)。

鯉が身を削って険しい滝を登り切り、龍に変じて天に昇っていくお話。

今年の端午の節句では、そればかりを考えて過ごしました。なぜ、あの鯉は、とてつもない急流に臨んだのか。登竜門の下には、鯉がのんびりと生息していられる場所があったわけで、そこでおとなしく一生を過ごすこともできたわけです。

一匹の能力のある鯉がいて・・・と、説明書きされていたりいたしますが、どうして??、と思ってしまいます。

今日も雨がシトシト降っていましたから、雨をもたらすという龍のことを想像し、色々考えました。

結果、私としては、鯉は龍になりたくて登ったわけではなく、理由はわかりませんが、急流の中に入ってしまったが以上、そこを泳ぎきって険しくても、何がなんでも果てまで行くしかなかったんだろうな・・と思うんです。身を削って、きっと身体はボロボロだったでしょうし、様々な経験知を得たことでしょうし(そうでなければ途中で死んでしまいます)、そうして龍となりえる霊力を持ち合わせ、龍は空を泳ぐこの世のものではない生き物ですから、天へとむかい昇っていったのかな〜と考えました。

幼い頃から「鯉」がなんとなく怖くて、餌やりをするときのあの激しさに「ただものではない」と思ってましたが、一枚の名画との出会いによって、ここまで考えることができたお節句でした。

たった一枚の絵。しかし、私には、とてつもないインパクトを与えてくれた出会いでした。今年出会えてよかった。



 
|author : 村松 操 | リラックス | 19:00 |
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